イラクに「占領軍」消え市民歓迎 治安維持に不安も
【カイロ30日共同】イラク駐留米軍の戦闘部隊が都市部から撤退した。イラク戦争開戦から約6年3カ月。「占領軍」の撤退に首都バグダッドの市民は歓迎の声を上げる一方、イラク側の今後の治安維持能力を不安視する声も相次いだ。
「米軍の乱暴な振る舞いが怖かった。いなくなるのは本当に幸せだ」と政府職員ハキム・アブドルアジズさん(42)。約2年前、米軍の大型車両と接触、自家用車が大破した。「もう米軍の姿を見なくて済む。この日を待っていた」と喜ぶ。
建設会社社員ユニス・アハメドさん(26)は国際テロ組織アルカイダ系などの武装勢力がイラクでテロを繰り返す理由について「米軍がいたからだ」と指摘し、「米軍は都市部だけでなくイラク全土から撤退するべきだ。治安はもっと良くなるはず」と訴えた。
多くの若者の死傷者を出して、嫌われに行っただけだった。さてイギリスでも見直しが始まっている。<英国>イラク戦争への参戦経緯解明へ 調査委員会を設置
6月16日10時46分配信 毎日新聞
【ロンドン笠原敏彦】ブラウン英首相は15日、米主導のイラク戦争(03年3月開戦)への参戦経緯などを解明する独立調査委員会の設置を発表した。イラク戦争批判とともに、参戦経緯を求める声は以前から強く、首相は、英軍戦闘部隊の5月のイラク撤退を受けて調査開始を決めた。最終報告まで1年以上かかる見通し。
ブラウン首相は議会で、「複雑で論争が多い過去6年間の出来事から教訓を学ぶため、適切なプロセスを始めるときだ」と述べた。調査対象は01年7月から09年7月までに起きたイラク戦争にかかわる出来事で、「国家安全保障上の懸念」から聴聞会は非公開で行う。委員会は、元外交官や歴史家らで構成する。
野党側は、聴聞会が非公開になることを批判。最終報告が来年6月までに実施される次期総選挙の後になることから、「責任逃れ」との批判もある。
ブレア前首相は、ブッシュ前米大統領を支持してイラク参戦を決定。英軍4万5000人を投入した。しかし、開戦の根拠とした大量破壊兵器は見つからず、イラク戦争批判の高まりは、ブレア首相を07年の辞任に追い込む一因ともなった。
これに対し、ブレア元首相は秘密主義を保ちたい。ブレア前首相が非公開要請 イラク戦争調査委でと英紙
【ロンドン22日共同】ブラウン英首相が先週、設置を発表した英国のイラク戦争参戦の経緯などを調べる独立調査委員会をめぐり、ブレア前首相が同調査委を非公開とするよう、設置発表の前にブラウン首相側に求めていたと、21日付の英紙インディペンデントなどが報じた。
調査の大部分が非公開になるとされ、戦死した兵士の遺族などから真相隠しにつながると批判が上がっていた。英国では、世論の反対を押し切って参戦したブレア氏への反発が強い。同紙はブレア氏による「介入」と指摘した。
同紙によると、2003年の参戦時に首相だったブレア氏が、仲介者を通じてブラウン首相側に調査委を非公開とするよう求めた。同紙は首相官邸筋の話として、ブラウン首相は当初、公開する方向で検討していたと伝えた。
こんなに今では声をひそめたい、あの声高らかなイギリス参戦はブレア首相、下院でイラク参戦声明 議会に毅然たる姿勢求める
【ロンドン18日行天慎二】ブレア英首相は十八日正午過ぎ、英下院でイラク攻撃参戦の是非を問う審議の冒頭に声明を読み上げ、「この対決からいま尻込みすれば、将来の紛争は限りなく悪化し、一層破壊的になろう」「よろめく時ではない。下院が先導して、正しいと分かっていることのために立ち上がることを示す時だ」と語り、議会が毅然たる姿勢でイラクへの武力行使を支持するように要請した。
同首相は、今回のイラク攻撃が及ぼす今後の国際政治への重要性を指摘。「この問題の結果は、イラク政権の運命とフセイン(大統領)によって長年虐げられてきたイラク国民の将来を決定する以上のものだ。英国と世界が二十一世紀の中心的な安全保障と対決する仕方、国連の発展、米欧関係、欧州連合(EU)内の関係、米国の世界への関与の仕方、を決定するだろう」と述べた。
下院(定数六百五十九)では十八日午後十時(日本時間十九日午前七時)にイラク攻撃参戦の採決が行われる。与党労働党の百数十名のほか、野党自民党五十名余りが反対すると見られているが、最大野党の保守党は賛成を表明しており可決される見込みだ。
しかし、与党労働党内ではブレア首相への方針に反対する声が高まっており、十七日辞任したクック下院院内総務に続いて、この日、保健省のハント閣外相と内務省のデハム閣外相の二人が辞任した。ただ、辞任発言をしていたショート国際開発相は辞任を思いとどまった。
に始まった。ここに出てくるクック氏総務の辞任は
クック氏は下院の辞任演説で「仏だけが反対したのではない。独もロシアも査察継続を支持している。これほどに英国が求めた決議案を、今になって不要というふりをすることはできない」と冷静に指摘。「国際的な同意と国内の支持を得られない軍事行動をとる決定に、連帯責任を負うことは受け入れがたい」と述べ、政府の方針を厳しく批判した。演説の間、議場は沈黙に包まれた。
であった。クック氏は辞任後日記を公開したが、その中には、
英紙サンデー・タイムズによると、クック氏は今年2月20目、諜報のまとめ役であるスカーレット統合情報委員長から1時間にわたってブリーフィングを受け、「イラクは市民を標的にする大量破壊兵器を持っていない」という結論に達し、同委員長もこれに同意した。
さらに、イラク攻撃半月前の3月5日(2003年)にはブレア首相ともこの問題で協議。クック氏は、「イラクは大都市など戦略目標を攻撃する大量破壊兵器を持っていない。しかし、戦場で使用する化学兵器は持っているかもしれない。英軍に対して使う恐れはないか」と尋ねた。ブレア首相は、「その通りだ。だが、イラクは兵器を隠すのに躍起だから、素早く組み立てて使用するのは難しい」と答えたという。ブレア首相のウソが外相の日記からも明らかになった。
とこれまた、何が何でもイラク戦争参戦ありき、である。
アメリカではパウエル氏、イギリスではストロー氏がそれぞれ開戦には懐疑的だった。パウエル前米国務長官が告白、ブレア前英首相のイラク戦争支持に「意外」には、
パウエル元長官は、2002年に「戦争を行うという計画は急速に進んでいたが、わたしにはそれを十分に練ったという確信がなかった。一体、われわれは何に足を踏み入れようとしているのか」と自問自答したことを語ったという。また、自身とストロー元外相は、「われわれの指導者2人が、サダムを排除することにより起こりうる影響を十分に理解していたのか懸念していた」と述べた。
さらにパウエル前長官は、ブレア前首相とブッシュ大統領の「特別なきずな」にも驚きを隠せなかった。
「結果的には、ブレア氏は常に大統領を支持しようとした。意外だった。わたしはいつも、『9.11同時多発テロで英国は攻撃されていないのに、なぜそれほど大統領に同調するのか。ブレア氏がサダムを脅威と考える理由はあるのか』と考えていた。ジャック(・ストロー元外相)と一緒に、大統領に言い聞かせるよう説得し、首相も『ジョージ、ちょっといいかな』と言おうとするのだが、大統領に会った途端に気勢をそがれてしまうんだ」
なのだが、国会にかけるまでもなく、ダウニングストリートメモにあるように、もう既にブッシュと一緒にイラク参戦はブレアが決めていた。ストロー氏はイラク戦争中の2006年に更迭される。その理由は、
ストロー氏は個人的にイラク侵攻について後悔していると言われ、またイランへの軍事行動についても米国支持を鮮明にするブレア首相とは対照的に、「(イランへの軍事行動に英国が加わるのは)考えられない」「馬鹿げている」とBBC放送で発言していた。
からである。この年、英労働党、地方選大敗 ブレア首相「イラクの影」認めるで、
英国の地方選挙は10日夜、開票が始まり、11日夕までに、ブレア政権の与党・労働党の大幅な後退が明らかになった。BBCの推計によると、労働党は得票率で保守、自由民主の両野党に次ぐ3位に転落する見通し。ブレア首相は10日夜、米国で記者会見し「イラクに関する懸念が労働党への支持に影を落とした」と認めた。与党内で首相への責任追及が強まるのは必至だ。
イングランドとウェールズで改選された地方議会の約6千議席のうち、11日夕の段階で4800余りが確定。労働党が改選前と比べ406議席を減らしたのに対し、保守党は210、自由民主党は116議席を上積みした。BBCは地方選での最終得票率を保守38%、自由民主30%、労働26%と予測。全国規模で行われた選挙で、政権党が3位になった前例はないという
でイラク参戦は国民から大スカンをうけた。2004年にはブレアは弾劾運動を受けることになった。皮肉にも弾劾運動を低下させたのが、サミット開催中で一層テロへの反意を増したロンドン同時爆破テロである。
一方で、アルカイダにとっても、イラクが混乱した戦場であり続けることは望みだった。2007年 10月 23日付けロイター、ビンラディン容疑者とされる人物、イラク武装勢力に団結呼びかけ
カタールの衛星テレビアルジャジーラは22日、アルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の肉声とされる声明を放映した。
このなかで同人物は、イラク武装勢力にアルカイダ支持者との団結を呼びかける一方、狂信から過ちが犯されたと認めた。
放映された肉声は「イスラム教世界の利益は一集団の利益に勝る。それは一国家の利益よりも重要だ」と述べた。
しかし、イラク内はもうアルカイダにはついていけなくなりつつあった。その代表は、外国人を殺すことからイラク人を殺していくことになったヨルダン出身のザルカウィだろう。2006年に米軍に殺され、残ったアルイカイダ派もイラク内の武装集団から弱体化された模様だ。
イラク戦争の開示理由のひとつとなったザルカウィとフセイン大統領の関係も、ブッシュの大嘘である。
イラク戦争が始まったから、アルカイダが国境を越えてどんどんやってきては乱暴をやり、ザルカウィのグループが日本人を殺害したことをわれわれは知っている。
過激な武装集団には武力で立ち向かうしかない。だが、それは・・・
【カイロ30日共同】イラク駐留米軍の戦闘部隊が都市部から撤退した。イラク戦争開戦から約6年3カ月。「占領軍」の撤退に首都バグダッドの市民は歓迎の声を上げる一方、イラク側の今後の治安維持能力を不安視する声も相次いだ。
「米軍の乱暴な振る舞いが怖かった。いなくなるのは本当に幸せだ」と政府職員ハキム・アブドルアジズさん(42)。約2年前、米軍の大型車両と接触、自家用車が大破した。「もう米軍の姿を見なくて済む。この日を待っていた」と喜ぶ。
建設会社社員ユニス・アハメドさん(26)は国際テロ組織アルカイダ系などの武装勢力がイラクでテロを繰り返す理由について「米軍がいたからだ」と指摘し、「米軍は都市部だけでなくイラク全土から撤退するべきだ。治安はもっと良くなるはず」と訴えた。
多くの若者の死傷者を出して、嫌われに行っただけだった。さてイギリスでも見直しが始まっている。<英国>イラク戦争への参戦経緯解明へ 調査委員会を設置
6月16日10時46分配信 毎日新聞
【ロンドン笠原敏彦】ブラウン英首相は15日、米主導のイラク戦争(03年3月開戦)への参戦経緯などを解明する独立調査委員会の設置を発表した。イラク戦争批判とともに、参戦経緯を求める声は以前から強く、首相は、英軍戦闘部隊の5月のイラク撤退を受けて調査開始を決めた。最終報告まで1年以上かかる見通し。
ブラウン首相は議会で、「複雑で論争が多い過去6年間の出来事から教訓を学ぶため、適切なプロセスを始めるときだ」と述べた。調査対象は01年7月から09年7月までに起きたイラク戦争にかかわる出来事で、「国家安全保障上の懸念」から聴聞会は非公開で行う。委員会は、元外交官や歴史家らで構成する。
野党側は、聴聞会が非公開になることを批判。最終報告が来年6月までに実施される次期総選挙の後になることから、「責任逃れ」との批判もある。
ブレア前首相は、ブッシュ前米大統領を支持してイラク参戦を決定。英軍4万5000人を投入した。しかし、開戦の根拠とした大量破壊兵器は見つからず、イラク戦争批判の高まりは、ブレア首相を07年の辞任に追い込む一因ともなった。
これに対し、ブレア元首相は秘密主義を保ちたい。ブレア前首相が非公開要請 イラク戦争調査委でと英紙
【ロンドン22日共同】ブラウン英首相が先週、設置を発表した英国のイラク戦争参戦の経緯などを調べる独立調査委員会をめぐり、ブレア前首相が同調査委を非公開とするよう、設置発表の前にブラウン首相側に求めていたと、21日付の英紙インディペンデントなどが報じた。
調査の大部分が非公開になるとされ、戦死した兵士の遺族などから真相隠しにつながると批判が上がっていた。英国では、世論の反対を押し切って参戦したブレア氏への反発が強い。同紙はブレア氏による「介入」と指摘した。
同紙によると、2003年の参戦時に首相だったブレア氏が、仲介者を通じてブラウン首相側に調査委を非公開とするよう求めた。同紙は首相官邸筋の話として、ブラウン首相は当初、公開する方向で検討していたと伝えた。
こんなに今では声をひそめたい、あの声高らかなイギリス参戦はブレア首相、下院でイラク参戦声明 議会に毅然たる姿勢求める
【ロンドン18日行天慎二】ブレア英首相は十八日正午過ぎ、英下院でイラク攻撃参戦の是非を問う審議の冒頭に声明を読み上げ、「この対決からいま尻込みすれば、将来の紛争は限りなく悪化し、一層破壊的になろう」「よろめく時ではない。下院が先導して、正しいと分かっていることのために立ち上がることを示す時だ」と語り、議会が毅然たる姿勢でイラクへの武力行使を支持するように要請した。
同首相は、今回のイラク攻撃が及ぼす今後の国際政治への重要性を指摘。「この問題の結果は、イラク政権の運命とフセイン(大統領)によって長年虐げられてきたイラク国民の将来を決定する以上のものだ。英国と世界が二十一世紀の中心的な安全保障と対決する仕方、国連の発展、米欧関係、欧州連合(EU)内の関係、米国の世界への関与の仕方、を決定するだろう」と述べた。
下院(定数六百五十九)では十八日午後十時(日本時間十九日午前七時)にイラク攻撃参戦の採決が行われる。与党労働党の百数十名のほか、野党自民党五十名余りが反対すると見られているが、最大野党の保守党は賛成を表明しており可決される見込みだ。
しかし、与党労働党内ではブレア首相への方針に反対する声が高まっており、十七日辞任したクック下院院内総務に続いて、この日、保健省のハント閣外相と内務省のデハム閣外相の二人が辞任した。ただ、辞任発言をしていたショート国際開発相は辞任を思いとどまった。
に始まった。ここに出てくるクック氏総務の辞任は
クック氏は下院の辞任演説で「仏だけが反対したのではない。独もロシアも査察継続を支持している。これほどに英国が求めた決議案を、今になって不要というふりをすることはできない」と冷静に指摘。「国際的な同意と国内の支持を得られない軍事行動をとる決定に、連帯責任を負うことは受け入れがたい」と述べ、政府の方針を厳しく批判した。演説の間、議場は沈黙に包まれた。
であった。クック氏は辞任後日記を公開したが、その中には、
英紙サンデー・タイムズによると、クック氏は今年2月20目、諜報のまとめ役であるスカーレット統合情報委員長から1時間にわたってブリーフィングを受け、「イラクは市民を標的にする大量破壊兵器を持っていない」という結論に達し、同委員長もこれに同意した。
さらに、イラク攻撃半月前の3月5日(2003年)にはブレア首相ともこの問題で協議。クック氏は、「イラクは大都市など戦略目標を攻撃する大量破壊兵器を持っていない。しかし、戦場で使用する化学兵器は持っているかもしれない。英軍に対して使う恐れはないか」と尋ねた。ブレア首相は、「その通りだ。だが、イラクは兵器を隠すのに躍起だから、素早く組み立てて使用するのは難しい」と答えたという。ブレア首相のウソが外相の日記からも明らかになった。
とこれまた、何が何でもイラク戦争参戦ありき、である。
アメリカではパウエル氏、イギリスではストロー氏がそれぞれ開戦には懐疑的だった。パウエル前米国務長官が告白、ブレア前英首相のイラク戦争支持に「意外」には、
パウエル元長官は、2002年に「戦争を行うという計画は急速に進んでいたが、わたしにはそれを十分に練ったという確信がなかった。一体、われわれは何に足を踏み入れようとしているのか」と自問自答したことを語ったという。また、自身とストロー元外相は、「われわれの指導者2人が、サダムを排除することにより起こりうる影響を十分に理解していたのか懸念していた」と述べた。
さらにパウエル前長官は、ブレア前首相とブッシュ大統領の「特別なきずな」にも驚きを隠せなかった。
「結果的には、ブレア氏は常に大統領を支持しようとした。意外だった。わたしはいつも、『9.11同時多発テロで英国は攻撃されていないのに、なぜそれほど大統領に同調するのか。ブレア氏がサダムを脅威と考える理由はあるのか』と考えていた。ジャック(・ストロー元外相)と一緒に、大統領に言い聞かせるよう説得し、首相も『ジョージ、ちょっといいかな』と言おうとするのだが、大統領に会った途端に気勢をそがれてしまうんだ」
なのだが、国会にかけるまでもなく、ダウニングストリートメモにあるように、もう既にブッシュと一緒にイラク参戦はブレアが決めていた。ストロー氏はイラク戦争中の2006年に更迭される。その理由は、
ストロー氏は個人的にイラク侵攻について後悔していると言われ、またイランへの軍事行動についても米国支持を鮮明にするブレア首相とは対照的に、「(イランへの軍事行動に英国が加わるのは)考えられない」「馬鹿げている」とBBC放送で発言していた。
からである。この年、英労働党、地方選大敗 ブレア首相「イラクの影」認めるで、
英国の地方選挙は10日夜、開票が始まり、11日夕までに、ブレア政権の与党・労働党の大幅な後退が明らかになった。BBCの推計によると、労働党は得票率で保守、自由民主の両野党に次ぐ3位に転落する見通し。ブレア首相は10日夜、米国で記者会見し「イラクに関する懸念が労働党への支持に影を落とした」と認めた。与党内で首相への責任追及が強まるのは必至だ。
イングランドとウェールズで改選された地方議会の約6千議席のうち、11日夕の段階で4800余りが確定。労働党が改選前と比べ406議席を減らしたのに対し、保守党は210、自由民主党は116議席を上積みした。BBCは地方選での最終得票率を保守38%、自由民主30%、労働26%と予測。全国規模で行われた選挙で、政権党が3位になった前例はないという
でイラク参戦は国民から大スカンをうけた。2004年にはブレアは弾劾運動を受けることになった。皮肉にも弾劾運動を低下させたのが、サミット開催中で一層テロへの反意を増したロンドン同時爆破テロである。
一方で、アルカイダにとっても、イラクが混乱した戦場であり続けることは望みだった。2007年 10月 23日付けロイター、ビンラディン容疑者とされる人物、イラク武装勢力に団結呼びかけ
カタールの衛星テレビアルジャジーラは22日、アルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の肉声とされる声明を放映した。
このなかで同人物は、イラク武装勢力にアルカイダ支持者との団結を呼びかける一方、狂信から過ちが犯されたと認めた。
放映された肉声は「イスラム教世界の利益は一集団の利益に勝る。それは一国家の利益よりも重要だ」と述べた。
しかし、イラク内はもうアルカイダにはついていけなくなりつつあった。その代表は、外国人を殺すことからイラク人を殺していくことになったヨルダン出身のザルカウィだろう。2006年に米軍に殺され、残ったアルイカイダ派もイラク内の武装集団から弱体化された模様だ。
イラク戦争の開示理由のひとつとなったザルカウィとフセイン大統領の関係も、ブッシュの大嘘である。
イラク戦争が始まったから、アルカイダが国境を越えてどんどんやってきては乱暴をやり、ザルカウィのグループが日本人を殺害したことをわれわれは知っている。
過激な武装集団には武力で立ち向かうしかない。だが、それは・・・
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